バッグのお話

バッグの起源

バッグと言えば、実用品として、あるいはお洒落アイテムとして無くてはならない物ですよね。

 

では、バッグは、いつ、どのようにして出来たものなのでしょうか?
最古のバッグは紀元前9世紀古代アッシリア(現代のイラク周辺)の有翼神像に始まるそうです。この神像は見た目は現代の物と全く変わらないバッグを持っていました。

 

時代が中世に下るとヨーロッパの貴族の間で、腰ベルトに紐を掛ける方式のポシェット形式のバッグが流行するようになりました。この中で、お金や貴重品を入れるバッグをオモニエールと称しました。因みにポシェットとは、フランス語でポケットの意味だそうです。

 

ルネッサンス期に入ると男性の服装にポケットが付けられるようになり、男性はカバンを持ち歩かなくなりました。当時の男性はコットピース(股袋)と呼ばれるポケットを股間に縫いつけており、貴重品やお菓子をここに詰めるようになっていたのです。

 

18世紀末にフランス革命が起きると、それまでの豪華な服装が貴族趣味として成りを潜め、代わりに簡素な服装が流行するようになります。

 

その結果、沢山のポケットは簡略化され、人々は手にハンドバッグを携帯するようになります。
それは「INDISPENSABLE」(インディスペンサブル)「欠くことのできないもの」と呼ばれていました。
お金を持ち歩くという必要から、自然と袋物に入れて持つという考えが生まれたようです。

 

日本においてのバッグの起源は、鎌倉時代の事だと言われます。
当時の関東は、未開地でした、それで男女問わずに働いて耕作地を広げるという事があった為に。男女は同権とされていました。

 

女性には財産の相続権も認められていたそうです。
特に家庭においての女性は一家の中心として、強力な権限を持ち、貴重品を入れる大きな袋を管理していたそうです。

 

その袋を持つ女性の事を「おふくろさん」と呼んだ事から、自分の母のような頭の上がらない存在の女性を呼ぶ時の代名詞になりました。

 

それから、長らく、日本においてのバッグは風呂敷という一枚の布で所持品を包んで歩くという方式になりました。今でいうような皮革製のバッグが日本で普及したのは大正の終わりごろです。

 

日本女性の洋装化には、職業婦人の存在がありました、和装や日本髪は、外で活動的に動くには不向きでした。なので、次第に外で働くのに楽な洋装が普及していったのでしょう。
その内にハンドバックも貴重品の収納や、化粧品、ハンカチのような、みだしなみのグッズを入れる為に重宝なアイテムとして普及していきました。

 

 

参考サイト:PORCO ROSSO